2024.5.8

この世界の片隅に
小野塚勇人

  • 劇団EXILE FC対象
  • 一部フリー
劇場版アニメも話題になったこうの史代氏のマンガ「この世界の片隅に」がミュージカル化され、ミュージカル『この世界の片隅に』として、5月9日より日生劇場で上演される。今作は太平洋戦争下の広島県呉市に生きる人々の物語でありながら、つつましくも美しい日々とそこで暮らす人々が淡々と丁寧に描かれ、それゆえにいっそう生きることの美しさが胸に迫る作品だ。主人公・浦野すずと幼馴染で淡い恋心をいだいていた水原哲役をWキャストで演じる小野塚勇人に役どころや作品の魅力を語ってもらった。

『この世界の片隅に』は、これまでアニメやドラマ化、映画化などされていますが、どのような印象を持っていましたか?


これまで戦争を題材にしている作品にはいくつか出させてもらっていますが、今作は戦争の残酷さや戦地の兵隊さんにフィーチャーするのではなく、その時代を生きていた人たちの人間関係や人生を描いていて。そこはほかの戦争を扱ったものとは圧倒的に違っているなと思いました。それを象徴するように物語の最後に「この世界の片隅にうちを見つけてくれてありがとう」という言葉が出てくるんですけど、そういう“片隅”にいた人たちにフォーカスを当てたものはあまりないし、そこがこの作品が名作と言われる理由だと思っています。

確かに、戦時下の“普通”の人たちの体温や息づき、想いをここまでじっくり描いた作品はあまりないかもしれない。


もちろん物語の背景には呉の空爆や広島の原爆があり、多くの人が亡くなっていますけど、その一人ひとりの家族のことを描いているんですよね。しかも淡々と日常を描写することで、逆に残酷さが伝わってきて、戦争はやってはいけないと強く訴えかけられる。沁みてくる作品だなと感じました。

脚本を読んだ印象は?


セリフはわりと原作に忠実な部分が多いんですけど、ミュージカルなので、登場人物の心情を曲や歌詞で表現していまして。楽曲だけで、原作あるいはアニメや映画を超えるのは難しいかもしれないけど、ミュージカルだからこその素晴らしさを出せるんじゃないかなという気がしました。

楽曲は10年ぶりに再始動するアンジェラ・アキさんの書き下ろしということで話題になっていますが、ご本人には会いましたか?


はい。ほぼ毎日稽古にもいらっしゃっていて、メチャクチャいい方です。30代でアーティスト活動を休止されて、ミュージカルの勉強をするためアメリカの音大に通ったという話を聞いたのですが、楽曲からはそんな努力の賜物のようなものが伝わってきます。どの曲を取っても感動しますし、意味があって、稽古中も芝居を見ながら音楽を入れるタイミングを合わせてくれるのですが、アーティストが作った音楽というより本当にミュージカル作曲家としての音楽になっているんです。まだ固まっていないので仕上がりはわからないですが、アンジェラ・アキさんの曲によって、この作品がよりいいものになるというのは、すごく感じています。ただ、僕の役はソロ歌唱があまりなくて、実はそこまで歌わないんですよね(笑)。

小野塚さんが演じる水原哲は主人公・浦野すずの幼なじみ。のちに海軍に入って戦地に行くのですが、すずとの関係性が切ないというかやるせないというか。それがまた物語を際立たせるファクターになっていて、かなり“おいしい”ポジションかと。


そうですね。すごく大事な役ですけど、客観的に見ると本当に切なくていちばん報われない。自分が想う人とは結ばれず、いろいろ可哀想なやつです(笑)。兵隊さんという戦争を象徴する存在でもあって、当時、特攻隊の人とか兵隊さんは神様みたいな扱いをされるのですが、彼はそこにすごく違和感を持っているんです。「おれは神様でも何でもない。いつからおれがそんな扱いをされるようになったんだ」というセリフもあるんですけど、美化されたくないと思っていて。でも、すずだけが人間として接してくれることがうれしいみたいな。自分の兄貴が幼少期に死んでしまったことで、思春期はちょっと荒っぽいところがあったけど、本当はすごくまっすぐな人間なんですよね。実際、海軍に入ったのも兄貴のためだったりして、明るいけど、いろんなことを溜め込んでいるやつでもあるので、そういった部分で周作(すずの夫)との違いみたいなものが出ればいいなと思っています。

周作と哲はすずを挟んで微妙な関係性なんですよね。


哲はすずのことが好きなのに、すずが周作のことを好きだってわかって応援してあげますからね。しかも、彼は日本が負けている状態だと知っているけど、それをすずには言えない。そうやって重いものを背負って心の奥に閉まったまま自分の気持ちをグッと抑え込むという、やっぱり報われないやつです(笑)。でもそのぶん、(芝居に)いろいろ乗っけられそうな感じがしますけどね。

グッと気持ちを抑えている哲の心情に近いもの、共感する部分はありますか?


日本人は、気質的にみんなどこかそういうところがあるんじゃないですか? 僕も言いたいことがあっても一回、考えるほうです。というのも10代のころはストレートに言いすぎて、結構勘違いされたんです。当時は「自分が全部正しい」みたいな感覚があって、何でも正直に口にしていた。でもいろいろな経験を経て、相手の気持ちやタイミングを考えるようになって、ちょっと大人になりました(笑)。

もう立ち稽古に入っているそうですが、自分なりの「水原哲」像は掴めていますか?


今回は小林唯さんとのWキャストなので、僕が演じる哲と唯さんが演じる哲はたぶんいい意味で方向が違ってくると思っていて。まだ何となくですけど、方向性は見えてきています。

その「方向性」とは?


すずと哲は幼なじみなので、周作の前にいるすずと、哲といるときのすずってやっぱり違うんです。哲には気楽に「バカ!」って怒ったりするけど、周作にはそういうことをしない。そのせいで周作がちょっと妬いたりするんだけど、そういう幼なじみっぽい気安さを出せたらいいなと。そのためには兵隊さんだけどシャキッとしすぎず、表向きはいつも明るい感じにしたい。そんな哲の明るさや気安さが、後半は逆に切なくなりそうな気がします。

光と陰の対比ですね。3年前の「INTERVIEW〜お願い、誰か僕を助けて〜」以来、ミュージカル作品の出演は5作目になりますが、今作ならではの特色や魅力を挙げるなら?


やっぱり、先ほども話しましたけど、まずアンジェラ・アキさんが作った楽曲が素晴らしいんです。実際に曲を聴いてもらえばわかりますが、全部オリジナルで、どれもいい曲ってすごいことだと思います。しかも今作はショーケースみたいのがなく、ダンスとかもやらないので音楽劇に近い。そのぶん楽曲の良さが光ってくると思うし、皆さんの歌唱力がプラスされることで、『この世界の片隅に』ならではの世界観が際立って、この作品をミュージカル化する意味がすごく伝わるじゃないかなと思っています。

確かに、日本で全部オリジナル曲のミュージカル舞台って、とても贅沢ですよね。ちなみに、小野塚さんは戦争ものの作品に出るときは、当時の時代背景を調べたりとか、やるとなったら徹底するタイプですか?


はい。やっぱり役をいただいたからには、自分が納得のいくところまで準備して、観てもらえるレベルまで持っていきたいですから。それに戦争ものに関しては第二次世界大戦とか、自分が生まれる前の時代のことなので、ちゃんと調べておかないと逆にできない。知らないでやっていると芝居に出ちゃうというか。僕は特に出やすいタイプなのかもしれないけど、言葉ひとつ取っても、裏設定とかバックボーンを固めておかないと、浅くなってしまう気がするんです。なので、そこに落とし込めているか落とし込めていないか、結局は自己満かもしれないですが、その自己満が大事。それがないと「どう演じるか」ってことばかり考えてしまうので、バックボーンがしっかり自分に刻み込まれていれば、セリフをどう言おうが、どう転ぼうが、その役の中で生きているので不安要素がなくなるんです。

そういったアプローチはどんな役でも?


現代の普通の男の子の役とかならそこまでやらないし、役によりますけど、僕は戦争を扱った作品に対しては特に重きを置いていて、閉ざしてはいけないことだと思っているんです。よく言っているのですが、今この瞬間も数時間、飛行機が飛んだ場所では戦争をしているし、日本だって今後また起きないとは限らないじゃないですか。そういったとき、人生が終わっちゃうなんて一瞬だろうし、戦争じゃなくても地震とか災害とか、何が起こるかわからない。命を題材にしたものは、正直、演じているとメンタル的にしんどいんですけど、伝えるべきことはちゃんと伝えていきたいんですよね。

昨年公開された映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』では特攻隊の役をされましたが、若い人たちからの反響も多かったそうですね。


そうですね。「この映画を観て戦争について調べるようになりました」とか、中学生や高校生からメッセージが来ていました。そういうのを読むと、役者っていろんな役、いろんな作品に関わるけど、歴史ものとかはそれだけでみんなが知るきっかけになり、影響があるんだなって感じます。なので、社会のためとまでは言わないけど、今回の『この世界の片隅に』も何かを伝える作品であってほしい。そうなるべきじゃないかなって思います。


STAGE information
ミュージカル『この世界の片隅に』

5月9日(木)~5月30日(木) 日生劇場
その他、北海道公演・岩手公演・新潟公演・愛知公演・長野公演・茨城公演・大阪公演・広島公演あり
原作/こうの史代「この世界の片隅に」(ゼノンコミックス / コアミックス)
音楽/アンジェラ・アキ
脚本・演出/上田一豪
出演/昆夏美/大原櫻子(Wキャスト)、海宝直人/村井良大(Wキャスト)、平野綾/桜井玲香(Wキャスト)、小野塚勇人/小林唯(Wキャスト)、小向なる、音月桂
白木美貴子、川口竜也、加藤潤一、飯野めぐみ、家塚敦子、伽藍琳、小林遼介、小林諒音、鈴木結加里、高瀬雄史、丹宗立峰、中山昇、般若愛実、東倫太朗、舩山智香子、古川隼大、麦嶋真帆、桑原広佳、澤田杏菜、嶋瀬晴、大村つばき、鞆琉那、増田梨沙
https://www.tohostage.com/konosekai/


photography_塩谷未来
styling_大川好一
hair&make_梶原莉菜
text_若松正子

【衣装クレジット】
・studious ルミネエスト新宿店
・GARNI


この記事の続きは劇団EXILE FCに
入会中の方のみご覧いただけます。