2023.11.8

正欲
佐藤寛太

  • 劇団EXILE FC対象
  • 一部フリー
佐藤寛太が出演する映画『正欲』が11月10日(金)より全国で公開がスタートする。原作は、『桐島、部活やめるってよ』『何者』で知られる朝井リョウ氏が、作家生活10周年で書き上げた渾身の一作。家庭環境、性的指向、容姿――さまざまに異なった“選べない”背景を持つ人たちを同じ地平で描写しながら、人が生きていくための推進力になるのは何なのかというテーマを炙り出していく衝撃的なストーリーが展開する。今作で心を誰にも開かずに日々を過ごす大学生・諸橋大也を演じる佐藤に、作品の魅力や役どころについて語ってもらった。

『正欲』は朝井リョウさん原作の小説を映画化した作品。観ている間もそうですが、観終わったあとも時間が経つごとに頭から離れなくなって、かなり引きずりました。


岸(善幸)監督が作りたかったのは、おそらくそういう作品だと思うので、引きずってもらえたなら良かったです(笑)。

佐藤さんが演じたのはダンサーの諸橋大也。出演はオーディションで決まったそうですが、受かったときはどんな気持ちでしたか?


岸さんとお仕事できることも、こういう題材の作品に参加できることもすごくうれしかったです。オーディションを受けた時点で、たとえ自分が受からなくてもこの映画を観たいとただただ思いましたし、監督はどんな解釈をした「大也」役を選ぶんだろうと、すごく気になっていまして。だから「受かった、イエ〜イ!」という感じではなく、ここで自分は何ができるんだろう? と、すごく構えたのを覚えています。

「難しい挑戦が始まるぞ」と武者震い的な心境ですか?


そうですね。やっぱり原作の持つ力がすごく強いので、これを映像化するとなったとき、映像化に伴う責任といいますか。この世界観を演じるにあたって自分は何を思い、どんな準備ができるだろうと考えました。それぐらいこの役は、自分のなかで大きかったんです。

実際に、撮影前はどのような準備をされていったんですか?


まず、ダンスシーンがあったので、共演した坂東(希)ちゃんと一緒に振りを考えたり、技術的に改善したりと、踊りに関しての役作りをしました。

ダンスが上手くてびっくりましたし、「踊っていた人」なんだなと普通に思いました。


いやいや、高校生のときに1年ぐらいスクールに少し通ったぐらいで。おそらく、オーディションもLDHだから踊れるだろうと、うれしい誤解で呼んでもらえたと思うのですが(笑)、踊るのは何年振りだろうという感じだったので、毎日練習するのは結構キツかったです。あと今回、いちばん準備をしたのは、日常のなかで「大也だったらどうするだろう」と考える時間を増やしたこと。何気ない会話もそうですし、何かのニュースを見ても、大也として過ごすようにして、大也の目線で世界を考える時間が長ければ長いほど、現場に立ったときに焦らないと思ったんです。この作品に入る前、ちょうど1ヵ月以上の休みがあったので、その間も自分自身の生活を鑑みながら、大也ならどういう視点でものを見るのか、ずっと考えていました。

徹底して役になりきる“デニーロ・アプローチ”に近いですね。


そういうと、大げさな気がしますが(笑)、単純に「あの人だったらどう思うかな」と考える延長で、だんだんそれが自分自身になっていくという、それぐらいの感じです。

そんな佐藤さんから見て「諸橋大也」はどんな人物でしょうか? 生まれ持って、人とは違う感覚や指向を持つ人物として描かれていますが。


原作のほうで“人間の三大欲求のうち、そのひとつの歯車が違うだけでほかのすべてが狂う”というような言葉があって。たとえば、家族を持ちたいからお金を稼ぐや、モテたいから頑張るなど、それらは全部ベースに他者への欲求があると思いますが、大也はその欲求のあり方が人と違います。だから、異性同性関係なく他者に対して評価を求めていないですし、されたいとも思っていないんです。でも、そういう気持ちになるまでには、どこかの段階で自分の核心的な部分–––根本の欲求が他人に理解されない、もしくは大きく否定されることがきっとあったと思うんです。その結果、自分を肯定して生きていくのか、閉ざして生きるのか決めたんじゃないかなと。ただ、どちらに行き着いたとしても、欲求の問題は人間関係と切り離せないじゃないですか。友達と恋愛や結婚の話とか絶対にするでしょうし、その根本には“欲求”が全部絡んでくるので、どうしても人との関係はそこを抜きには構築できないんですよね。

欲求の源、いわゆる性的指向はその人のアイディンティティーに関わることなので、そこを抜きに心を開いた人間関係を築くのは難しいでしょうね。


でも、大也みたいな人は、どこかでわかってほしいと思っていると感じます。だから、寂しい。だけど、否定される恐怖が重なってバリアになって人と関係を築かなくなる。それも1個の正解なのかなと僕は思います。知らない人が彼を見たら、ただこじらせて、心を閉ざして子どもっぽいと、劇中でもそう言われていますけど、じゃあ、自分だったらどうやって生きるのか問われたら、大也の生き方以外、僕には答えが見つからなかった。(撮影に)インしてから、より一層そう思うようになり、もし自分が大也だったら、どうなのかと聞かれると答える術がないんです。彼は普通といえば普通の若者で、ただ欲求の対象が人と違っているだけで。演じていても自分とかけ離れた人間とはまったく思わなくて、全部“自分ごと”として捉えていました。

大也にとって世の中はどんな風に見えると思いますか?


劇中に「世の中にあふれている広告は、明日を生きようとする人のためにある」というセリフがあるのですが、大也にとって自分は“明日を生きようとしていない側”の人間という感覚でしょうね。だから、彼はどんなときに笑って、どんなときに幸せを感じるのか。常に怒りだけなのか、怒りが原動力なのかといろいろ考えて、岸監督とも話しましたが、答えは出ませんでした。最後のシーンも大也がその後、どうなるかということは映画でも原作でも描かれていなくて。でも、僕が大也だったら死なずに生きていくと思っています。それが演じている過程で僕が見つけた答えといいますか。映画の大也は原作とは少し違っていますし、朝井さんがどういう気持ちで書いたかはわからないですが、正しく絶望して、正しく割り切る術を得ていくと思っています。

「正しく絶望し、正しく割り切る」ってすごい言葉です。その境地に達するぐらい役として生きると、そのあとも大変じゃないですか? それとも、すぐ(役は)抜けましたか?


それはよく言われますが、いわゆる憑依型というのは、僕はよくわからないです。ただこの作品に関しては、もう撮影は終わっていますが、人生において僕が大也の気持ちで思考した時間はなくならないといいますか。役が抜けないというより、大也の考え方や大也がどんな風に世の中を見ていたか、その事実はもう刻まれています。それぐらい大也を演じているときは僕自身、認知していなかった物事に気付かされましたし、目を向けざるを得なかったですし、そこを考えずには現場に行けなかったんです。

身を削って刻むぐらいじゃないと、向き合えない役だと。


たとえば、毎晩飲み歩いて準備ゼロなのに、いざやったらすごい芝居をする人は、すごくカッコよくて本当に憧れます(笑)。でも、実際はずっと考えて悶々として、しかも撮影は終わっているのにまだ頭に残っている。少なくとも僕はそこまで向き合わないと、この作品には出られなかったと思います。


MOVIE information
『正欲』

11月10日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
出演/稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香
山田真歩、宇野祥平、渡辺大知、徳永えり、岩瀬亮、坂東希、山本浩司
監督・編集/岸善幸
原作/朝井リョウ『正欲』(新潮文庫刊)
脚本/港岳彦
音楽/岩代太郎
主題歌/Vaundy「呼吸のように」(SDR)
配給/ビターズ・エンド
©️2021朝井リョウ/新潮社 ©️2023「正欲」製作委員会

photography_後藤倫人(UM)
styling_平松正啓
hair&make_KOHEY(HAKU)
text_若松正子


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