2025.10.23

油長酒造———葛城山麓醸造所から見えてくる里山とまちづくりの現在地
橘ケンチ×山本長兵衛(油長酒造蔵元)

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清酒発祥の地と伝わる奈良県の御所市に蔵を構える油長(ゆうちょう)酒造。これまで日本の美しい里山を守るために、代表銘柄「風の森」の酒造りに使用する秋津穂米の栽培農家・杉浦農園と手を組んだ「農家酒屋」プロジェクトなど、常に伝統をアップデートしながら現代的な酒造りと独自の地域共生に取り組んでいる。「里山や中山間部の重要性の再認識および持続可能な農業の実現」という想いに共鳴する橘ケンチは、2021年のコラボレーション日本酒のリリース以来、毎年のように御所市伏見の圃場で田植えや稲刈りに参加。本年度も現地に足を運び、2024年に新設された醸造所「葛城山麓醸造所」と日本酒の未来、地域共生への挑戦について十三代目蔵元・山本長兵衛さんと語り合った。


美しい里山を次代に紡ぐ老舗酒蔵の挑戦

葛城山麓醸造所を立ち上げた経緯についてお聞かせください。


山本長兵衛(以下山本):ここ10年、契約栽培農家の杉浦農園・杉浦英二さんとともに後継者不足による耕作放棄地化といった課題のある棚田栽培を未来につなぐ取り組みを行ってきました。私自身も田んぼに入り、パートナーの酒屋さんや「風の森」ファンの方とボランティアで草刈りをするイベントに数百人が参加し、ケンチさんとの出会いもあったなかで、「秋津穂米を育てている葛城山麓に酒蔵があれば、地元の方々やお客様によりこの地に興味をもっていただけ、100年後もこの美しい風景を残せるのではないか」と思い、開設しました。

橘ケンチ(以下橘):現地に何度かおじゃましていますが、里山が守られている風景が素晴らしいです。新蔵ができる前から山本さんや杉浦さんから構想をうかがっていたので、開所後に初めて訪れた際、木造の建築から米を蒸す湯気が青空に立ちのぼっている情景を見たときは感慨深かったですね。映画の1シーンのように脳裏に焼き付いています。


山本:そう言っていただけるとうれしいです。最高の秋津穂米が栽培される田んぼの真ん中で、吉野の山々から平野まで奈良全体をパノラミックに見渡せるロケーションにこだわりました。

橘:大自然と職人の技が融合したミュージアムのような建築全体に、ぬくもりが漂っていますね。

山本:使用した木材は吉野杉、設計は蔵や蒸溜所で共働している建築家・吉村理さん、大工さんも地元の方にお願いし、すべて地域に根ざしたヒト、モノで創り上げることができたのは小さな誇りです。

橘:先日訪れた際は葛城山の水源を案内していただきましたが、清らかさに驚きました。その水が田んぼに流れ込み、お米が育まれ、酒が造られる。自然を源流に、人の手によって素晴らしい産物である日本酒が生み出される「つながり」を実感する意義深い時間でした。

山本:その水でお米栽培ができるので、最上といっても過言ではない高品質な秋津穂が収穫できます。この地で酒造りをしていると、里山から平野が広がって、動植物や人の営みがある生態系は、すべてが里山からはじまっていることを改めて感じています。そういった風土をお酒で表現していきたいですね。


葛城山麓醸造所ではどういったお酒を造られているのでしょうか?


山本:「S風の森」という銘柄で、まず原料となるお米は葛城山麓産の秋津穂を使用しています。そして、一般的に米を磨いて「精米歩合」という数値が低いほどいい酒とされていますが、大地のエネルギーを余すことなく表現するために、あえて精米は食用米と変わらない90%程度の低精白にして、奈良の日本酒の伝統技法も取り入れています。

橘:低精白の日本酒は、穀物感が前面に出てクセのある味わいが多いのですが、「S風の森」は透明感のある飲み口で、巨峰を丸かじりしたようなジューシーさや自然由来の複雑味を感じる洗練された味わいが心に響きました。山本さんが考案された「未来酒度」の基準も先進的だと思います。

山本:未来酒度というのは、「環境負荷の少なさ」「田んぼの地力」「地域への貢献度」の3つの要素の総合評価によって、そのお酒が地域の持続可能性に貢献していることを星の数で表現した価値基準。たとえば「田んぼの地力」は、土を分析して微生物の数など生物多様性を数値化しています。

橘:情報化社会の今、日本酒は製法などのスペックが付加価値として独り歩きしている傾向がありますが、より深い部分で日本酒の魅力が伝わります。

山本:お客様がお酒を選ぶ際の基準になってほしいですね。秋津穂の契約栽培農家さんも増えてきたので、農法や農家さんごとに造り分けて、お客様がその違いを楽しめるようにしていきたいです。



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Information
「S風の森2024☆☆杉浦/西地区02.」
2025年11月発売予定

白ブドウや洋ナシといった上品な青い果実の繊細な香りを呈し、豊かな有機酸とミネラル感が特徴の透明感のある爽やかな味わい。
葛城山麓の西地区は3カ所の地区のなかでもっとも標高が高く、周辺が森林に囲まれ、日照時間が限られる冷涼な土地。また田んぼ1枚あたりの面積がもっとも小さく、生産性が非常に厳しい地区となっています。一方で山から湧き出る山水が初めに入る田んぼのため、その他からの農薬や肥料の影響を一切受けず、長年無農薬・化学肥料不使用の栽培方法が続けられている田が存在します。この地で栽培される秋津穂米で造られる「S風の森」は特有の瑞々しさが宿ったシャープな味わいの傾向となります。

Photography_鈴木規仁
Text_藤谷良介

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