2025.2.14

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 音楽劇『愛と正義』
山口乃々華

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山口乃々華が岸田國士戯曲賞受賞の劇作家・山本卓卓による新作戯曲、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 音楽劇『愛と正義』に出演する。今作は人を助けるヒーローたちの物語だが『愛と正義』が両立しないとき、人はどうするか。そんな命題を語り&対話を軸に、音楽と歌を散りばめながら表現していく野心作。山口は深く揺るぎない“愛”を象徴するソチ役を演じるが、今回のような音楽劇は初挑戦で今は解釈や理解をすり合わせている最中とのこと。役を作り上げていく“ワクワクするような”楽しさを語ってくれた。


台本を読ませてもらったのですが、不思議な世界観の作品で。読み始めはなかなか理解が追いつかないのですが気付いたらどっぷりハマっていました。


時空がいろいろ飛んだりしますから混乱しますよね。私も今、台本を読み込み、キャストのみんなでそれぞれの理解や解釈をすり合わせているのですが、場面転換もいっぱいあるので大変なことになっています(笑)。

台本を読んだときの印象は?


最初は物語全体を通してというより、場面ごとの人間関係に興味が湧きました。たとえば登場人物同士が微妙にすれ違っていく部分や、自分が人からどう思われているのか気になりすぎて辛くなってしまう気持ちなど、それぞれの小さな傷がすごく繊細に描かれています。そういう部分を読みながら、人間関係のズレやそれによって起こっていく背景を解釈していきました。なので一見ファンタジーかもしれないけど描かれている繊細さは日常的であり、とても共時性が高いなと思いました。

いきなり全体像をつかむというより、ポイントごとに紐解いていったんですね。


そうですね。全体から入ると、本当に難しくてわからないので(笑)。

ずっと「この物語はどこに着地するんだろう?」「どこに連れていかれるんだろう?」と思いながら読んでいました。


きっと私の役の“ソチ目線”で読んでくださったんですね。ソチは先がわからないポジションに立たされる役なので、その立場で読むと謎解きのような要素も出てくる。でも、あまり伏線に捉われず、そのときそのとき、その場面その場面の感情の動きや、あとは言葉がとても詩的で素敵なので、それをたどっていけばいいのかなと。観る方もそうやって観ていくとすべてを理解できなくても、終わったあと何らかの文章なり言葉が残ると思います。

すごく余韻が残るタイプの作品ですよね。観終わったあともいろんな場面を思い返してしまいそうです。


そうでありたいと思っています。あと出てくる人数こそ少ないですが大きいセットを使ったり、演出が派手になりそうなので視覚的なおもしろさも楽しみに待っていてもらいたいです。

今作はタイトルが示すとおり人を助けるヒーローたちの物語。山口さん演じるソチは主人公コチの妻であり、未来が見えてしまうという設定ですがどんな人物として捉えていますか?


ちょっと繊細な子。でもとても愛があり、芯の強い女性だなと感じています。私はさまざまな要素が重なっている繊細で複雑な役があまりできないといいますか。役作り的に苦手なんですけど、だからこそシンプルに考えるようにして、夫であるコチを守りたいとかコチのためならとか、コチが動機になって動いていくと捉えました。それがソチの芯の強さとか時に繊細さとして映ればいいかなって思っています。

実際、ソチはいちばんブレない人かなと思いました。


最初から最後まで一貫していますよね。ただちょっと説明が難しいのですがさっきも言ったように、この物語は時空がいくつも存在していて。何個もある世界の中でソチ以外の人たちは、愛し合っている世界もあれば愛し合ってない世界もある。だからちょっとブレているように見えてしまうかもしれないけど、それぞれの世界ではみんな意外とシンプルに生きているんです。その中でソチは時空こそあっちこっちに飛びますが人格は飛ばない。なのでより一貫しているように見えるんですよね。

どこに飛んでも常に“ソチ”でいてくれる、物語の“重し”的な存在だと思いました。ちなみに昨日も今作を書き下ろした作家の山本卓卓さんを交え、皆さんとディスカッションされたと聞きましたが、どんな話をされたんですか?


みんなの質問コーナーみたいな感じで「これってここの時空とつながっているんですか?」や「ここはどうしてこういうことを言っているんですか?」など、卓卓さんにいろいろ聞きました。台本では説明されていない部分も多いので、たとえば「『それを守るために』ってセリフの“それ”って何ですか?」という紐解きの時間になっていました。しかも卓卓さんは「僕の作品に口出しをしないで」というタイプではなく「一緒にやりましょう」ってタイプで「言いづらいことや、わからないセリフがあったら教えてください」と聞いてくださる方なんです。だから私たちもどんどん質問して疑問点をクリアしているという状況。そのたびにみんなの認識がひとつになっているなという感覚があって、この作品は難しいからこそ、そういったすり合わせが大事だなって実感しています。

しかも今作は音楽劇でもあり、歌とダンスも重要なファクターになっていますね。


ダンス部分はふたりのダンサーさんが場面転換する中でちょっとした振りを踊ってくれるのですが、がっつりダンスナンバーです! という感じではなくて。ジャンル的にはコンテンポラリー的なダンスを踊るので、そこもまた楽しいシーンになると思います。

セリフを歌で表現するミュージカルとは全然違いますよね。


私も音楽劇とミュージカルの違いって何だろうと考えながらやっているのですが、思ったのはミュージカルはたとえば心の声や普段言えないこと、大切なことが高まったときに歌として表現している。つまり歌に意思があるのですが、この作品は歌だけでなく楽器による音の種類がすごく多彩で。オーケストラ以外に電信音だったりミュージカルではあまり聞かない“バィ〜ン”って不思議な音が入ったりして、“音”も重要な要素になっています。そこがミュージカルとの違いなのか定義づけはわからないのですが、私自身はこういう“音楽劇”が初めてなのでどんな舞台になるのか今から楽しみです。

山口さんは去年だけでも7本の舞台に出演され、さまざまなジャンルの作品を経験されていますが、それでもまだ“初めて”のものがあるんですね。


いや、まだまだたくさんあります。私はオリジナルものが多いのでシェイクスピアなどの古典はやったことがないし、今年の後半にまたミュージカル『SPY×FAMILY』を上演するのですが再演というのも初めてなんです。舞台って本当にいろんなジャンルがあるので、初挑戦はこれからも多いと思います。

ご自身の中での積み重ねといいますか。たとえば「この作品は一昨年の自分は無理だったけど、今だからできるようになった」とか、経験値を実感することはありますか?


演出家さんのお話を理解したり、台本を読む力みたいなものは少しずつついてきたかもしれないです。

台本の読解力が上がったと。


それは大きいです。実は去年出演させていただいたミュージカル『アンドレ・デジール 最後の作品』で、鈴木裕美さんという演出家の方にとてもわかりやすく(台本を)読み解く方法を教わりまして。これまでふわっと思っていたことを前よりは言語化して眺められるようになった気がします。

「読み解く方法」を具体的に言うと?


シーンには入口と出口があって、入口には入口の感情と行動、出口には出口の感情と行動がある。その二本軸さえしっかりしていれば、あとはどうとでも遊んでいい。だから入口と出口だけ決めなさいと言われました。あとシーンごとの“目的”を言葉で説明できるようにしておくとすごくやりやすいし、伝わってくるものはシンプルなほうがいいよということも教えてもらいました。

わかりやすい。それは今作で山口さんが台本を読み解いた方法–––シーンごとに感情をたどっていくという方法にも通じますね。


そうですね。今回、自分の中でクリアな質問を卓卓さんにできるようになったのも、鈴木さんの言葉があったおかげかなと思います。

2025年は今作のあとも年末まで出演舞台が続きますが、個人的に何かやってみたいことはありますか?


今年はさっき言った『SPY×FAMILY』が12月までありますし、ロングランが多くなっていくのですが、やりたいことは何だろう……(熟考)。

では、思いついたら教えてください。質問を変えて、お休みの日はどう過ごしていますか?


人と予定があえばどこかに遊びに行きますし、あわなければ家にいることが多いかな。でも『SPY×FAMILY』のキャストの子たち数名と仲が良くて、一昨年の公演をやってから毎月集まって会っています。昨年、みんなで遠出したいねって話していたけど、できなかったので今年は実現させたい。やりたいことはそれですね。

お仕事の仲間と毎月集まるって結構な頻度ですよね。


はい、熱量が途切れないことがうれしいです! ほかの作品のキャストでも、今も会っている子はいますが、毎月っていうのはなかなかないから、これってすごく珍しいです。会ったときはご飯を食べながら“今月の私たち”みたいな感じで話すだけなんですけど、ネタがまったく切れない。お互いの出演舞台を観に行ったりもするので、その話もするし、なんだかんだ言っていくらでも話が出てくるんですよ(笑)。

楽しそうですね(笑)。山口さん自身、もっと休みがほしいとかはないですか?


意外と休めています。お仕事も楽しくてワクワクするような作品しかやらせてもらっていないので、ありがたい気持ちしかないですし。しかもお休みもちゃんとありますから十分満足しています。

いいお仕事といい仲間と恵まれた環境と……お聞きしていると、山口さんは“引き”がいいのかもしれないですね。


確かに引きはいいかもしれない。毎回「これはおもしろいものになる」ってワクワクする作品に出会えているし、周りにイヤな人も本当にいなくて、いいご縁が続いているなって自分でも感じます。というか、そもそも演劇の中に変な人ってそんなにいないんですよ(笑)。

いやいや、引きの強さは山口さんの人徳です(笑)。最後に今作『愛と正義』の見どころとメッセージをお願いできますか?


今回の作品はあまり頭で考えず心で感じてもらえたらいいのかなと。そしてソチ目線になって一緒に物語を旅することができたら、より楽しんでもらえるんじゃないかなと思います。1回で理解するのは難しいかもしれないけど、100%理解できていることって実は日々の中で少ないじゃないですか。でも演劇は公演がある限り何度でも同じ特別な時間を過ごせるし、観るたび理解が深まれば違う景色が見えて新たな感動が味わえる。なので、1回と言わず、ぜひ2回、3回と足を運んでいただけたらうれしいです。


STAGE information
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
音楽劇『愛と正義』
2月21日(金)〜3月2日(日)
KAAT神奈川芸術劇場<中スタジオ>
料金/一般¥6,500、神奈川県民割引(在住・在勤)¥5,900、24歳以下¥3,250、高校生以下¥1,000、満65歳以上¥6,000
作/山本卓卓
演出/益山貴司
音楽/イガキアキコ
振付/黒田育世
出演/一色洋平 山口乃々華 福原冠 入手杏奈 坂口涼太郎
大江麻美子(BATIK) 岡田玲奈(BATIK)
https://www.kaat.jp/d/aitoseigi

photography_小池大介(小池大介写真事務所)
styling_粟野多美子
hair&make_福田翠(Luana)
text_若松正子

【衣装クレジット】
SHIROMA
ALM
TUWAKRIM